「木霊の詩」   粗筋         5-1  5-2          10e
木霊の詩 6

私の家のリビングには、不思議な木がある。
前の住人が残していった、大切な木だという。
高さ1メートル半ほどのその木は私と二人の息子に安らぎと癒しをくれる、私達家族にとっても大切な木になっている。



第七夜


時間は朝の6時になっていた。
ハジのおじちゃんと父と私。3人で7時間近くもずっと話し込んでいたのだ。
私がトモくんのお母さんに会いに行こうと立ち上がった、調度その時、おじちゃんの奥さんが部屋の外から声を掛けてきた。
「聡さん、ちょっといいかしら?」
私と父は子ども達の様子を見に行くことにして、奥さんと入れ違いに部屋を出た。
何もかも終わったら、きっとハジのおじちゃんは総てをあの奥さんに話すだろう。何も知らされずにいるには、もう、いろいろなことが動き出し過ぎているのだから。

子ども達は布団の中で目を覚ましていた。
「起きてたの?」
私が声を掛けると、不思議そうに辺りを見回し、
「ここ、どこ?」
そう訊いた。
無理も無い。タクシーの中でもウトウトしていた大と陸。この家に着くなり眠ってしまったのだから。
「ここは祖父ちゃんの友達の家だよ」
私の代わりに父が答えると、大も陸も満面の笑みを浮かべた。
「わ〜い、祖父ちゃんだ!」
「祖父ちゃん、祖父ちゃ〜ん!」
父親の居ない我が子たちにとって、私の父は祖父であり父親だった。だから父に会うと、子ども達は父にまとわり着いて離れようとしない。
「そうだ、大に陸。」
「なあに、お祖父ちゃん?」
「ちょっと散歩に行こうか?」
行く、行く〜と大はしゃぎの子ども達を連れ、父は玄関に向かおうとして足を止めた。
「ユキ。お前はハジのお義母さんに会って来い」
それだけ言って、父は子ども達を連れて行ってしまった。
父は私のために、その時間を作ってくれたのだ。ハジのおじちゃんと奥さんは部屋で話をしている。あのお義母さんは、今なら一人・・・・・・。
私はそっとお義母さんの部屋に入った。
昨夜は気が付かなかったけど、この部屋の窓の外にはあの井戸があった。トモくんが眠る、あの井戸。
「ここからは・・・いつも智が私を見てくれているのがわかるんです」
眠っていると思われたお義母さんが、その時、ふとそう言った。
「長い・・・長い時間、智をこの井戸に縛り付けてしまったけれど、私はあの子と一緒に逝きたい。あの世という場所で、ずっと一緒に・・・・・・」
お義母さんの瞳の端から、スッと一筋の涙が零れた。
「あの時は・・・申し訳ありませんでした」
私はお義母さんに深々と頭を下げた。そしてそのまま・・・頭を上げることも言葉を紡ぐこともできなくなっていた。涙が止まらなくなってしまったのだ。

行方不明の我が子を思う母。
その子が死んでいると、突然赤の他人に告げられる衝撃。
遺体でも、すぐにでも抱きしめたかったに違いないのに、それができない苦しみ。
様々な感情が心の中で渦巻いて、涙となって流れ出る。

「羽山・・・侑恵さん?」
突然、お義母さんが私の名を呼んだ。
「は・・・はい・・・」
慌てて涙を手で拭い、私は顔を上げた。
「ああ、侑恵さん・・・。やっぱり、あの時の奥さんだわ。全然変わっていない・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
私にとっては一昨日のことでも、お義母さんにとっては遠い昔。
「侑恵さん。あの子を・・・迷子だった智を、この家に戻してくれて・・・ありがとう」
「えっ!?」
私は責められこそすれ、お礼の言葉を貰えるなんて思ってもみなかったのに・・・。しかしお義母さんは続けた。
「井戸に落ちたあの子の・・・魂は・・・迷子になってしまっていたの」
そう断言するお義母さんに私は確信を得た。
「トモくんと・・・話ができたんですね?」
お義母さんはゆっくりと肯いた。
「侑恵さんがあの子を連れてきてくれた時、薄っすらとしたあの子の身体が見えたの。でも母の手前、何も言えなかったし、何も出来なかったの・・・」
ハジのおじちゃんが言っていたとおり、トモくんの母のあの時の態度は、この中村家の当主であったあのお婆さんを思ってのことだったのだ。
「智を成仏させてあげられないことは、本当にあの子に申し訳なく思っているの。でも、あの子と過ごせたこの数十年、私は幸せだった」
魂となって尚、母と過ごしたトモくん。きっときっと、お母さんが大好きだったのだろう。そしてお母さんを悲しませたくないから、成仏することよりここに留まることを選んだのだろう。優しい・・・本当に優しい子だ。
「母ちゃん」
その時、懐かしいトモくんの声が聞こえた。
「智・・・」
「トモくん!?」
私が居ることを知って、トモくんはこの部屋にやってきたのだろうか。
「ママ、久しぶり!」
トモくんは私のことを、再びママと呼んでくれたのだ。
「大と陸にも会いたいな」
そう言うトモくんは、一昨日と何も変わっていない姿を私に見せてくれた。
ちょうどその時、散歩から帰った父と子ども達の声が聞こえてきた。
「あ、大と陸、居るんだ?」
だがトモくんは井戸から遠くに離れることができないらしく、部屋から出ようとしない。私は部屋の襖をそっと開けると、大と陸に手招きした。
部屋に入ろうとする大と陸に
「大きな声、出しちゃダメだからね」
と念を押して、私は二人を部屋に入れた。
「トモくん?」
「大、陸!」
だが、トモくんと再会を果たした息子たちは、
「トモくん、また会えたね!」
「トモくん、オレ、ゲーム持ってきたから、この前の続きやろう!」
と、病人の傍だというのに大きな声を出してしまった。
「こらっ、静かにしなさい」
私は息子たちを叱ってから
「お義母さん、すみません。すぐに外に出しますから」
と、詫びた。
だがお義母さんは
「いいのよ、この部屋で遊んで頂戴」
と、か細い声でそう言った。
具合が悪い身体では、子どもたちの甲高い声は気に障るだろうが、それよりもお義母さんは子どもたちが自分の傍で楽しく遊ぶ姿や声を感じていたかったのかもしれない。
子どもたちは大と陸が持ってきたゲームや、トモくんのけん玉やメンコで楽しく遊んでいた。
その様子を、お義母さんは目に涙を湛えた微笑みで見守っていた。

私はそっと部屋を出て、用意してもらった部屋で仮眠を取った。
長旅の後に徹夜で話をしてしまった為に、流石に睡魔が襲って来るのに抗えなかったのだ。
だが、私がのんびりと眠っていた間に、事態はいろいろと動き出していた。