「木霊の詩」   粗筋         5-1  5-2          10e
木霊の詩 1

私の家のリビングには、不思議な木がある。
前の住人が残していった、大切な木だという。
高さ1メートル半ほどのその木は私と二人の息子に安らぎと癒しをくれる、私達家族にとっても大切な木になっている。



第一夜


ある晩のこと。
ふと目を覚ますと、5歳の息子がウサギを抱いて座っていた。
8歳の息子も寝ながらウサギを撫でている。
「どうしたの、そのウサギ?」
私のその問いに、上の息子が答えた。
「あの木から生まれたの」
息子が指差すその先には、あの木があった。
「あの木の実が割れて、その中から出てきたんだよ」

昨夜、大きな実をつけていたその木。見るとその実がパックリと口を開けていた。
「そっか。明日になったらウサギさんの家を作ろうね」
強い睡魔に襲われていた私はそれだけ答えて、再び眠りの園に意識を委ねた。
だが翌朝。
「ウサギさん、消えちゃった」
と、半べそをかく下の子の声で私が起きると、上の息子も頷いていた。
「机の下とか、本棚の裏とか、探したの?」
そう問う私に息子が言う。
「いなくなっちゃったんじゃないよ、目の前でスゥっと消えたんだ」
「えっ!?」
不思議なことに、ウサギが居たであろう痕跡・・・臭いや抜け落ちた毛なども残っていない。
私は困惑する息子達を抱きしめて、そして優しく言った。
「きっと、あの不思議な木が見せてくれた一晩だけのお友達だったんだよ」
・・・と。
寝ぼけていた私には、そのウサギが本当に居たという確証は無い。息子達が同時に見た夢だと思う方が理に適っているだろう。
暫く無言だった息子達も、ウサギが夢の中の存在ではないと言い切れる自信は無かったようで、
「またいつか、遊びに来てくれるかな?」
「来てくれるといいな」
そんな言葉で自分達を納得させたようだった。

不思議な木がくれた、一晩だけの楽しい夢。

それがこの不思議な木が齎す奇跡の始まりであることに、私達親子三人が気付くのは、もっと日が経ってからのことである。