木霊の詩 4
私の家のリビングには、不思議な木がある。 前の住人が残していった、大切な木だという。 高さ1メートル半ほどのその木は私と二人の息子に安らぎと癒しをくれる、私達家族にとっても大切な木になっている。
第四夜
今朝の夢の動揺を必死で隠して、出版社の人と会った。現在連載中の小学生向け学年誌の話を年度末で終わらせず、次の学年でも続けてみないか、という、嬉しい話であったので、心の動揺なんてものは心の隅っこに引っ込んでしまった。 これが連載終わりで次は無し、なんて話だったら私はどうなっていたであろう。ゾッとする。 編集部様、担当様、ありがとう〜〜〜 私の作品を読んで、応援してくれている読者様、ありがとう〜〜〜〜〜 本当に叫びたいような気持ちだった。
さて、昨日はお隣にお邪魔させてもらっていた下の子だけれど、今日もまたまた遊びに行かせてもらっている。しかも上の子と一緒に。 連載の延長が決まったことで、忙しくなった私を気遣った隣の奥様のご配慮だ。本当に嬉しい! 今回はしっかり、日影茶屋の「スワンシュー」と昨日まで福岡に出張していた編集担当さまから頂いた博多の「通りもん」を息子二人と一緒に渡してきた。どっちも甘いものだと気付いたのは、渡してしまった後だったけど・・・・。ああ、ドジな私。 注*日影茶屋の「スワンシュー」、博多の「通りもん」は実在のお菓子です。作者の好物でもあります。
朝の鬱屈した心はどこへやら、という気分の私は1年延びた連載のプロットを練り始めた。夕飯には手抜きで駅弁を買ってきてあるし、久々にたっぷり仕事ができる! ただ一つの気がかりは、今夜こそ割れ落ちるであろう、あの大きく育った木の実のこと。 ―――まあ、またかわいい動物かなんかで、一晩で消えるんだから心配することも無いよ。 と、自分に言い聞かせる。 夫が現れたのは夢だったのだから、あの木の実から人間サイズの生き物が出てくることも無いだろうし。
そうこうしているうちに、子ども達が帰宅。楽しかったお隣での出来事を聞くうちに、あっという間に寝る時間になってしまった。 「ねえ、ママ〜」 「今夜はずっと起きてていいよね?」 楽しそうな兄弟の声が、許しをもらえると分かっているような雰囲気だ。 「ああ、そっか。明日は旗日だっけ?」 「うん」 「だからさ」 「いいよ、わかった。でも、眠たくなったら無理しないで寝るんだよ」 「は〜い」
今夜のあの実は何を生み出すのか、実は私も少し楽しみになっていたりする。 が、昨夜の悪夢と外出の所為で疲れていた私は、ソファで連載のプロットを考えているうちに眠ってしまったようだった。
「・・・・・・ママ」 「・・・おきて・・・」 「ママ」
「えっ!?」 起こされた私は声の方向を見た。 「ええ〜〜〜っっっ!!??」 なんと、そこには子どもが3人居たのだ。 「だ、誰、その子」 上の息子、大(だい)と、下の息子、陸(りく)。そして見知らぬ男の子。 「あのね、この子は『なかむらトモ』ちゃん」 「トモちゃん、ボクは大、小学校2年生」 「ボクは陸、幼稚園の年長組」 「で、キミはなかむらトモくん、なのね?」 年齢は大と同じぐらいだろうか。会話が出来るならいろいろと訊きたいことがある。この子がどこから来たのか、家の人に連絡するとか、近くなら送っていくとかとか・・・ 「オイラは小学校3年、中村智(さとし)」 「さとし? さっきはトモって?」 「うん、オイラのクラスに同じ名前の子がいて、呼び分けるのにオイラの名前がトモって読めっから、1年時からずっとトモって呼ばれとる」 昔、曽祖父のクラスでも同姓同名が幾人もいて、呼びわけするのに苦労したって聞いたけど・・・・未だにそんなことがあるものなんだ? とにかく、聞かなければならないことは山ほどある。 「今、ココア入れるから飲みながら話そうね」 私は自分自身をも落ち着かせるためにそう言って、一呼吸置く時間を作った。
「これ、甘くて美味いや」 トモくんはココアが頗(すこぶ)る気に入ったようで、2杯もお代わりした。 「ねえ、トモくんはどこの小学校に通ってるの?」 「学校なら、大伊那村立鈴美小学校だ。3年の組」 「ママ、その学校、近い?」 「え? あ、聞いたことないなぁ・・・」 「でもさぁ、トモくんはどうしてこの家に来たの?」 それもそうだ。聞いたことも無い地名だし、そんなところに親戚や知り合いは居ない。 「オイラさぁ、ずっと真っ暗な狭い場所から出られなくなっててさぁ、明かりが見えたもんだから覗いてみたらさぁ」 「そしたらこの家に?」 「うん」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 ―――連絡のアテも無いし、警察に届けるのは可哀相だし、一先(ひとま)ずウチで預かるか・・・。 「調度、明日は学校も休みだから、今夜は泊まっていきなさい、トモくん」 「じゃあ、明日はトモくんのお家(うち)探しだ!」 「おー!」 子ども達は元気に楽しんでいるけれど、本当にどうなることやら。まさかあの木の実から人間が出てくるなんて思ってもいなかったし。 それにもし、朝になって、今までと同じように消えてしまったら・・・・・・ それだけは絶対にイヤだった。 偶然出会った子どもであっても、やはりきちんと本当の居場所に帰してあげたい。 中村智。 彼の本当の居場所に。
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