「木霊の詩 2」
私の家のリビングには、不思議な木がある。 前の住人が残していった、大切な木だという。 高さ1メートル半ほどのその木は私と二人の息子に安らぎと癒しをくれる、私達家族にとっても大切な木になっている。
第二夜
驚きの夜は再び、唐突にやって来た。 「ママ〜」 「今度はハトさんだよ!」 「はと!?」 子どもの声に驚き、私は反射的にあの木を見た。大きな実がまた割れている。 でもハトであれば部屋の中を飛び回って外に出ようとするのではないか? 私のそんな疑問は、上の息子が抱いているハトを見てすぐに解消した。 「羽の付け根にケガしてるの?」 息子の腕の中のハトの羽には赤いものが滲んでいる。 「だから飛ばないのかな?」 心配そうにハトを見つめる上の子に、下の子は家にある薬箱を持ってきた。 「これで治せる?」 どうであろう? とりあえず、ハトの傷部分を洗った後に消毒をして、包帯をまいてみた。 「多分、これで大丈夫だと思うけど・・・」 私は別のことが気になっていた。 前回のウサギは一晩でいなくなった。だがこのハトはどうだろう? 消えないのであればケガが治るまででも飼うしかないだろう。 「とにかく、今夜はここに入れて様子を見るから、あなた達は寝なさい。」 私は家にあった段ボール箱にタオルを敷いて、その中にハトを置いた。 「うん・・・」 「でも・・・」 子ども達も心配なのだろう、素直に納得しない。 「じゃあ、朝はいつもより早めに起こしてあげるから、それまではゆっくり寝なさい。二人とも幼稚園と学校があるんだから」 家で物書きの仕事をしている私は、今夜は寝ずに仕事をすることにした。 それで納得したらしい子ども達は、ハトを入れた箱を枕元に置いて布団に入った。 子ども達の寝息はすぐに聞こえてきたけれど、ハトは何の音も立てない。仕事をしながら時々ハトを覗きにいく私が、この夜の仕事に全く身が入らなかったのは言うまでもない。
朝、5時。 ハトは箱の中でおとなしくしている。 約束どおり子ども達を起こし、ハトの様子を見させた。 「ママはご飯の用意をするからハトを見ててね。」 「うん!」 いつもより二時間も早く起こしたのに、子ども達は元気だ。ケガに障らないようにそっと抱き上げてハトの身体を優しく撫でている。 私は安心してキッチンに立った。 が、 「ママ〜〜〜」 「また消えちゃった〜〜〜〜!」 朝食とお弁当を作り終えたその時、息子達の悲しそうな、悲鳴のような、泣き声のような叫びが聞こえた。 私は急いで子供たちのところに走った。 「消えちゃったって、ウサギの時と同じ?」 「うん、消え方は一緒だけど・・・」 「だけど・・・?」 「ハトに巻いてあげた包帯も一緒になくなっちゃった。」 そうなのだ。 動物だけが消えるのなら、きっと包帯は残るのだろうと当たり前のように私は思っていた。きっと息子達もそうだったのだろう。だが、今回は包帯も一緒に消えているという。 ―――どういうことだろう? 「も、もしかしたら一晩でケガが治っちゃったけど、あなた達との思い出に、外さないで持って帰ったのかも・・・」 しどろもどろで説明を試みる私の心情を察したのか、上の息子が 「そうだね! 今度会っても今日のハトだったって分かるように、そのまま付けて行ったんだよ、きっと」 「じゃあ、また会えるんだよね?」 ―――う〜ん・・・それはどうだろう・・・? そんなことを考えながらも言葉にしてはこう言った。 「うん、きっとまた会えるよ」
息子達は朝食を元気に食べると、ちょっとだけ眠そうな目をこすりながら幼稚園へ小学校へとそれぞれ出掛けて行った。 私はハトが一晩入っていた箱とタオルを片付けようとして、ふと気が付いた。タオルにも箱の中にも、ハトの羽一枚落ちていないことに。 本当にあのハトは、一体どんな理由で、どこからここにやってきたのだろう。そしてこれからも様々な生き物があの木の実から生まれては消えていくのだろうか。 「せめて子ども達だけにでも害の無い生き物が出てきますように」 私は思わず部屋の隅のその木に向かって手を合わせていた。
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